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ジム・サルヴァーティ
1957-
  存在感があり、写実的で、しびれるくらいに魅力的 − サルヴァーティのパレットは、生まれ育った南カリフォルニアの壮観のごとく、贅沢で人々を酔わすパワーに満ち溢れています。
ディズニーをはじめ、ワーナー・ブラザーズ、ソニー・ピクチャーズ、パラマウント・ピクチャーズ・・・と幅広い活動を続けているサルヴァーティ。20年に及ぶそのキャリアを見れば、もはや彼を一流のアーティストと疑う余地はないでしょう。

自ら、なかなか芽が出なかったと話すサルヴァーティですが、実際真剣にアートを考えだしたのは高校卒業から短大入学にかけてだったそうです。
家族は父方も母方も、建築家や芸術家ぞろいー 
『僕も短大の頃は建築家になるって決めてたんだ、でも・・・うーん何て言うか、退屈になってきちゃってね(笑)』
建築家になる為の決まりきった勉強にどうも飽き飽きしている様子の彼を、何とかヤル気にできないものかと当時の教官は気をもんでいました。
ところがある日、ふいに「サルヴァーティはむしろ画家に向いているじゃないか・・・」という直感が働いたんだそうです。
『先生の勧めで、イラストレーターのEverett Peckに興味を持ち始めたんだ』、サルヴァーティは思い起こします。
彼の絵を一目見るなりPeckは、『ヤルじゃないか!俺のクラスを受講しろよ』と言ったんだそう。“Duckman”を世に出した、あのEverett Peckがですよ!『ちゃんとしたアートクラスを受講したのは、あれが始めてだったよ』サルヴァーティは言います。その後Peckらの勧めでArt Center大学に入学し、卒業後の1985年には教師として再びArt Centerに戻ります。アートの最先端を行く同大学ではAntonio LopezやKeith Haringなどの超有名アーティストらとも交流を深めました。

Andy Warhol全盛の時代、少しの間でしたが彼の手がける“Interview Magazine”の仕事を手伝っていたサルヴァーティ。
『パーティーだぁ、なんだっていろいろ彼に付き合わされたもんだよ(笑)』
そうは言ってもやはり、サルヴァーティにとってWarholの影響は大きかったようです。
その他にもピカソや、サーフアートの第一人者Rick Griffinなど、多くのアーティストにインスパイヤされて今のサルヴァーティはあります。
典型的な“南カリフォルニア・ガイ”の彼―  
『昔は何が大事かって、サーフィンと家族だったよ。でも今は家族、サーフィン、それとアートさ(笑)。』

<ハリーポッター>シリーズなど、映画関係の仕事も多いサルヴァーティですが、今回の限定ジークレーについてはこう話しています。
『すごく気に入ってるよ。集中力が要って、手のかかる仕事ではあったけど、ちっとも苦にならなかった。』
昔からの伝統的なスタイルを守りつつ、彼なりのアレンジでキレのある現代的アートに仕上げるその手腕は、ディズニーとも多分に共通点があるようです。